top of page
検索
  • 執筆者の写真おかもと まきこ

サマーディとカチャーシー


あわただしい年末、どんなふうにお過ごしでしょうか

この時期の楽しみのひとつに、来年の手帳を用意することがありますね


あなたは来年の手帳、もう購入されましたか?

わたしはいつものヨガ手帳を購入しましたが

カバーの絵柄のテーマを今年は迷わず

<サマーディ>にしました!


 沖縄県の糸満市で月ヨガテラスを開設して3年

小さなヨガスタジオ<月の館>を営みながら

〜心身が目醒めるエネルギー回復ヨガ〜をみなさんと楽しんでいます


 呼吸法と瞑想的なアーサナを織り込んだヨガセラピーのメソッドを中心に

緊張をゆるめ、自律神経のバランスを調えながら

その人本来の生命エネルギーが回復してゆくヨガをめざしています


 みなさんが、より自然体に、素直に、安らかに輝いていく姿を目の当たりにしながら

2024年はとくに

<サマーディ>を意識したヨガを行っていきたいと思っています


 ……………


 興味のある方はさらに読み進んでみてくださいね(長文です)


 ヨガ哲学でサマーディとは、無心、心全体が止滅する境地、無我の境地、三昧、自然界への没入、あるがまま、といった意味でしょうか

私たちはヨガを通して、呼吸と肉体の感覚へ意識を集中するトレーニングを行っています

バランスポーズでは視点を固定し、一点集中をめざしますね。


 ヨガがめざす集中状態を3段階に分けると


◆ダーラナ<凝念・集中>=いかなる思考からも離れ、対象に一点集中する状態


◆ディヤーナ<静慮・瞑想>=ダーラナが深まって集中が途切れなくなった状態


◆サマーディ<三昧>=ディヤーナが深まることで自分の自我意識が消滅する状態であり、自我意識が弱まることによって欲望や執着心が自然と消滅し、苦しみから解放されてゆく。自由・悟り・解脱ともよばれるヨガのゴール


 数千年前に書かれたヨガのバイブル<ヨガ・スートラ>によれば、ポーズ(アーサナ)や調息(呼吸法・プラーナヤーマ)を通して、自分自身を観察・コントロールする力を得て(制感)、精神統一・精神集中力を磨き、脳の瞑想状態を深めて、だれもがサマーディへと至ることができると記されています


むずかしいことではないんです


幼い頃、自然と一体になって時間を忘れて遊んでいた子ども時代、私たちはサマーディの中で過ごしていました


風や光、蝶々や小鳥たち、草花や木々たちにかこまれて、自然界へ没入していた、あのなつかしい感覚です


そこに、<わたし>や<あなた>はなく、ただ心地よい自然があるだけでした


大人になって、複雑な思考が私たちを自然から遠ざけ、孤独へと追いやり、人生は気難しい苦しいものへ変質してしまいました


その苦しみから再びサマーディへ還ろうという試みが、ヨガや瞑想なのです


 実はこのサマーディ、沖縄の<カチャーシー>に通じるものがあります!

カチャーシーとは、「かきまぜる」という意味があるそうですね


古代から島人は、即興の歌や踊りで喜怒哀楽をかきまぜて、みんなで自由に手を動かし、身体を動かして踊り、つらいことも乗り超えてきた


それがカチャーシーだとしたら、<わたし>と<あなた>の垣根を取りはらい、人と自然の壁も取りはらい、自我意識が消滅して、全体性との一体感の至福の境地であるサマーディと、よく似た意識状態だと思いませんか?


 瞑想もサマーディも、カチャーシーのようにみんなで自由に踊り、とけあってゆく、あの温かい、なつかしい感覚に近いと思えば、親しみを感じていただけるでしょうか


サマーディを体験することで、あなた本来の生命エネルギーが豊かに目醒め、心身が調和に満ちてゆきますように…


 長文をお読みいただき

心から、ありがとうございました


 

閲覧数:33回0件のコメント

最新記事

すべて表示

一陽来復

bottom of page