<ヨーガとは、心のはたらきを止滅することである 1章2節>
<その時、見る者は本来の姿にとどまる 1章3節>
私はいつも、目を閉じて呼吸を深めながらヨーガの状態に近づいていくとき、心の中で静かにこの言葉をつぶやきます。
ヨガのバイブルと言われる「ヨーガ・スートラ」の冒頭に登場するこの経句を読むと、ヨガとは単なる体操ではなく、<心の科学>だということが分かります。
心理学を学び、ソーシャルワーカーとして精神科領域で働いてきた私ですが、この本に出会ったときの衝撃は忘れられません。人間の心をここまで科学的に分析し、構造的に解剖し、進むべき道を明晰に伝えるその内容は、約1700年も前に書かれたものでありながら、現代精神医学・臨床心理学との理論的共通点を含みつつ、それを大きく超える深い科学的洞察と智慧にあふれていました。
スートラに初めて出会った頃、私の心は、朝から考えごとが頭を離れず、悩み、ぐるぐる思考が止まらない状態でした。
あれもやらなきゃ、これも…と心の中は猛スピードでアクセルを踏みっぱなし。眠っているときも夢の中で仕事や人間関係が頭から離れず、脳の覚醒状態にブレーキがかからないのです。次第に慢性疲労を感じるようになり、なんとか休もうと努力するのですが、ベッドに横になっても心身が休まりません。
何かが違う、こんな状態はよくない。やばい。早く何とかしなければ…どうしたらいい?
そんな私を救ってくれたのが、ヨーガ・スートラでした。著者のパタンジャリは、195の全経句をかけ、<心のはたらきの止滅>と<本来の姿にとどまる>ことについて明晰に説明し、その状態に至るための具体的手法を段階的に伝授します。人がその人生で真実の自分からかけ離れ、苦悩に陥ったとき、そしてその苦悩を脱したいと心から願ったとき、誰でも平安の境地にたどりつけるように、科学的で合理的な行法を後世に残したもの。求める人はこれを自由に使いなさい、と。それがスートラと言えます。
最近はさまざまな自己啓発本が巷に溢れていますが、知的理解という面で分かったつもりでも、何ら生き方を変えることができなかった経験は私にも覚えがあります。ヨーガ・スートラがこうしたものと決定的に違うのは、<知的理解の限界>という前提から出発している点です。「呼吸法」と「アーサナ(ポーズ)」という身体的アプローチから入り、「瞑想」という心の旅へと道が開かれます。
知性を研ぎ澄ませ、そして最後は知性を超えるのです。その秘密は、すべての人の<心>の内にこそ、隠されています。
<これらの心のはたらきの止滅は、実践と離欲によって起こる 1章12節>
心の波をしずめるための<実践>と<離欲>。一見相反する矛盾するものが並列しているような印象ですね。
陽と陰、太陽と月。この相反するものを両方取り入れ、統合し、それを超えていく。ここにヨガの秘密と可能性が隠されています。
月ヨガテラスのムーンサイクルヨガでは、新月のテーマを<希望>、満月のテーマを<手放す>と唱っていますが、この2つのテーマも相反する両極であることにお気づきでしょうか。
月の満ち欠けを感じながら、この不思議さを味わい、心の海の底へ身をゆだね、二極を超える意識をめざしていきませんか。
長い文章にここまでおつきあいいただき、本当にありがとうございました。当初、このような発信をしていくことを躊躇しましたが、エクササイズやアクロバット的なヨガが世界的に流行し、約5000年もの歴史を持つヨガの本質が忘れ去られていること、超効率化・スピード化した現代社会がいよいよ不調和を増し、多くの人々が生きづらさを抱えて苦しんでいること、私たちが調和に満ちた<本来の姿>を思い出せるように今こそヨガの科学性と智慧が求められていることを心から感じ、勇気をもって発信していくことにしました。
<月ヨガだより>と称し、月2回くらい、私自身の体験を交えながら、ヨガの二大経典である<ヨーガ・スートラ>と<バガヴァッド・ギーター>の智慧について、みなさんへ徒然にお伝えしていきたいと思います。
<科学的でありながら、科学を超える>というヨガの魅力について、少しでもみなさんの心に響く言葉を紡ぐことができたら、これ以上の幸せはありません。
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