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  • おかもと まきこ

月ヨガだより №21



「煩悩とは、無智、自我意識、愛着、嫌悪、死への恐怖(生命欲)である」

     ヨーガ・スートラ 2章3節


大みそかの夜はどんな風に過ごしますか


私はNHKの「ゆく年くる年」が好きで

全国津々浦々のお寺や神社にお参りする人々の

荘厳な表情を眺めながら

静かに年越しをします


<信仰心>

<大いなる存在を敬い、信じる心>


夜中から初詣に訪れる人々の瞳に

わたしたちが忘れかけている大切なものを

見つけられるからです


今回のテーマは<わたし>

<わたし>という

幻(まぼろし)のフィルターを通して

苦しみがふくらんでいく煩悩(ぼんのう)の

からくりについて


一年の煩悩を流す除夜の鐘

108回突くというのは

仏教における人間の煩悩の数とされます


煩悩とは

<自分で自分自身を苦しめる心> のこと


ヨガのバイブル

ヨーガ・スートラは煩悩をシンプルに五つに分けますが

その中心はやはり<自我意識>


私は

私の

私だって…


という自己中心的な視点

自分への過剰な執着のことを

<我執(アハンカーラ)>と呼びます



競争意識

世間から認められたい

だれからも好かれたい

仕事で他者をしのぎたい

将来もずっと物質的に安定していたい欲望


これが高じると


貪欲、怒り、ねたみ


仏教で<三毒>と呼ばれる強大なエネルギーとなって

この感情を抱いている本人自身を苦しめます


個人主義や自己実現への努力を賞賛する

競争社会に打ち勝って地位・収入・名誉を獲得する


そんな価値観で教育を受けたわたしたちは

この小さな<わたし>にばかりフォーカス(注目)して

世の中を眺める心の癖がついていますが


そもそも<わたし>ってなに?


生まれたばかりの赤ん坊に

<わたし>という意識はありません


自分の小さな手をじっーっとながめて

開いたり閉じたり、口につっこんだりして

???

という表情からうかがえるのは


<わたし>という意識は生来のものではなく

成長の過程で獲得していったものだということ


ひとは<わたし>という認識を通して

出来事に意味づけし

世界を体験していく


その体験の仕方や解釈は

人によって千差万別


つまり<わたし>とは

世界との関わり方を決めるフィルター


ひとによって

地域によって

国によって

時代によって

そのフィルターは変幻自在に変化する

つまり、まぼろしのようなもの


仏教やヨガ哲学に限らず

現代心理学においても

<わたし>を絶対視することへの疑問が

投げかけられています


…………………………


「考えてみると

<わたし>はひとつの虚構

おそらくは人類が手にした最大の虚構であるとも言える

誰もが私は<わたし>といい

またどのような状況にあっても

<わたし>である

あらゆる人格とあらゆる状況に通用するがゆえに

<わたし>とはそれ自体では

意味規定内容をもたない空虚なものであるとさえ言えよう

しかし、こうした空虚な一点を媒介としてこそ

私たちは記憶やイメージをつなぎあわせ

<わたし>を構成するのである」

   〜大山泰宏、放送大学教授(人格心理学)


古代インドで伝承されてきたバガヴァッド・ギーターでも

神の化身クリシュナは

心乱れて動揺する将軍アルジュナに


「君の自我は君の心を操っている

君の自我は、肉体による有限の経験を重視させて

魂による無限の経験から君の眼をそらさせようとしている

人が認識する世界は実際のところ

その人が選んだ物差しに基づく幻影(マーヤ―)である」


とアルジュナをさとしました


…………………………


ヨガセラピーでは

呼吸法

アーサナ(ポーズ)

瞑想

という3つの技法を使って

肉体への自己客観視力を高めながら

メタ認知力を身につけていきます


メタ認知力とは

自分の心(思考や感情、記憶など)を

自分で眺めて俯瞰する力


メタ認知が習慣化すると

<わたし>というフィルターの特徴に気づきます

<わたし>にだまされない、囚われない

もっと大きな視点から

物事をあるがままに眺められるようになっていきます


…………………………


私自身を振り返っても

最も苦しい心の波は

意識をあまりにも<わたし>にフォーカスしすぎたときに

起きました


引き金となる出来事はありましたが

<わたし>を通して意味づけするうちに


やっぱり自分が悪いんだ

自分なんて価値がないんだ

だれもわたしを理解してくれない


といった自己否定の悪循環へ

<わたし>が<わたし>を否定するループへ

底なし沼にはまりこんだことがあります


その背後には

いろいろな執着や渇望

つまり煩悩が隠れていました


…………………………


<わたし>に要注意

<わたし>への過剰なフォーカスを弱めるために

ムーンサイクルヨガでは

意識化範囲拡大の瞑想をします


イメージの力を使って

自分の意識をこの小さな肉体から一時的に切り離し

大空、太陽、無限に広がる宇宙、大いなる存在へ

小さな意識をどんどん解放し

あたたかくて、懐かしくて、広がっていく世界へと

意識を拡大したときに感じる

自由、解放感、安らかさ


クラゲの瞑想もします

海をただようクラゲになって

すべてを波にゆだねてゆらゆらと

光と水と一体になっていると

小さな<わたし>に囚われていた自分が

解放されていきます


そんな瞑想を重ねるうちに

<わたし>への執着を離れて

他の生命とのつながりや自然との一体感を思い出して

心が中庸に立ち戻り

あるがままに出来事を眺められるようになります


…………………………


最後に

<わたし>という分離・孤独感をやわらげてくれる

最も強いパワーは

<信仰心 シュラッダー>


大いなる存在への信頼、ゆだねる心

これは特定の宗教に限定されるものではありません


ゆく年くる年で

大いなる存在へ手を合わせて年を越す人々の思い

それも信仰心


古代インドのヴェーダやギーター、スートラはすべて

この信仰心を育てていくことこそが

<わたし>という煩悩を弱める

最もパワフルな方法だと説いています


最後まで読んでくださり

ありがとうございました

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