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執筆者の写真おかもと まきこ

そらから涙がおりてくる


雨がふりやみません


今年の沖縄の梅雨は

ずーっと

ふりつづけています


6月に入って

この雨が

空からおりてくる涙に見えてきました


涙(雨)があまりにとめどなく流れるので

いてもたってもいられず

<ひめゆりの塔>をお参りしてきました


この2年間は観光客も減り

平和学習をかねた修学旅行もキャンセル続きでしたが

最近は県外からの修学旅行生の姿がもどって

全国から届けられた千羽鶴が

色とりどりに飾られています


…………………………


1945年4月、米軍が沖縄へ上陸し

住民を巻き込んだ熾烈な地上戦が展開されました

約3ヵ月で民間人だけで10万人以上が命を落とし

日米両軍合わせ20万人以上が犠牲になった沖縄戦

組織的戦闘が終わった日が

梅雨も終わりの6月23日(慰霊の日)


梅雨入りから6月頃の沖縄は

天気が不安定で雨も多く

ジメジメしていたり

寒かったり、蒸し暑かったり

こんな季節に

<鉄の暴風>のなかを、逃げ場のない戦場を

小さな子どもからお年寄りまで

一人ひとりどんな思いで過ごしたのでしょうか


この時期は沖縄戦を身近に感じますが

今年はいつも以上に

胸にせまる感覚があります

沈黙の魂がざわめいているような感覚


地球上で

似たような激しい地上戦が

たった今、行われているからでしょうか…


亡くなった方々は

わたしたちに何を伝えたいのでしょうか

声なき声を聴きたいと思い

<ひめゆり平和祈念資料館>へ


沖縄戦では県内21の男女中等学校の生徒たちも

動員されて激戦地へ送られましたが

<ひめゆり学徒隊>は

15歳から19歳の女子生徒222名が動員され

ガマと呼ばれる壕内の陸軍病院などで看護活動にあたり

136名が命を落としました


そんな少女たちの戦争体験を伝えるミュージアムが

ひめゆり平和祈念資料館


何度も通ってきましたが

今回は半日かけて過ごしてきました


一人ひとりの遺影が飾られた<鎮魂の間>

そこにたたずむと

声なき声がはっきりと聴こえてきました


このミュージアムに響きわたる鎮魂の静けさ

祈りに満ちた静寂


それは言葉では言い表せません

一度訪ねて

感じていただくしかありません


このミュージアムを作り上げた方々自身が

親しい友を戦場で失った学徒隊の方々であり

彼女たちの想いと祈りが

亡くなった少女たちの想いと響きあって

この不思議な静寂を作り出しているのかもしれません


学徒隊として

戦場で過酷な体験をしながら生還した女性たちが

ミュージアム創設に動き出したのは

戦後30年以上もたってからでした


思い出したくないつらい記憶について

沈黙を破る決意をしたのは

時代が変化して戦争が忘れ去られゆくなか

亡き友のために、勇気をもって

戦争体験を語り継ぎ

生命や平和の尊さと戦争の悲惨さを

自分たちが伝えなければ誰も伝えられないという

責務を感じたからだそうです


ときに語り継ぐことが苦しくなると

友の遺影に向かって

<あなたのために、あなたの代わりに

わたしが伝えてくるからね>

と語りかけると

不思議に落ちついたそうです


学徒隊同窓会が

7年の歳月をかけて遺品や資料を収集し

友への鎮魂と平和への願いをこめて

この世へ生み出してくれた

奇跡のミュージアム


今の時代だからこそ

世界中の人に見ていただきたい

言葉を超えて聴こえてくる声なき声に耳を傾けてほしい



慰霊の季節は続きます


最後まで読んでくださり

ありがとうございました

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